2011年2月16日〜30日
2月16日 イアン 〔アクトーレス失墜〕

 アキラが休暇に入ったため、オプティオの仕事も兼務。ちょくちょく彼のデスクで事務をしていると、連中の様子がよくわかる。

 新人によろめいているのは客だけじゃないようだ。ニーノはうるさく迫っているし、サイラスは辞める前にものにしようとやっきになっている。

 しかし、新人のほうは相手をすでに決めたようだ。ほかの連中にはビジネスライクな愛想だが、ルイスにだけはうれしそうな顔をする。
 ルイスは気づいているのかな。


2月17日 ラインハルト 〔ラインハルト〕

 おれはカシミールのいつかのアキラへの視線が気になっていた。
 どこか切り離したような石の目だった。思い出すと、彼はアキラにだけはいつもあんな顔をしていたように思う。

「アキラはカシミールのこと、手放しでよろこんでたんだ。ふたりが険悪になる理由がない。第一そのヒマもない」

 おれは朝飯の時、つい疑問を口にした。

「初対面の時から、なんかそこは違和感あったんだよな」

 ウォルフが新聞を読みながら、うわの空で言った。

「アレじゃないか。東洋人蔑視」


2月18日 カシミール 〔未出〕

 本物の性奴隷を扱う仕事には、まだとまどいがある。
 だが、ルイスのおかげでなんとかやれそうだ。

 ルイスはやさしい。困った時は、いつも兄さんみたいに助けてくれる。
 あのずうずうしい客からも守ってくれた。まいっちゃったな、客が部屋に来るなんて。

 イアンもハスターティで聞いていた時より、気むずかしくないし、美男のラインハルトも親切。ほかの連中もいろいろ教えてくれる。いいデクリアに入れてよかった。
 ひとの間にいるってあったかくていいな。


2月19日 ルイス 〔ラインハルト〕

 ニーノのイヤミがうるさいです。
 おれがカシミールの担当になったのが、ねたましいらしい。カシミールは可愛いですからね。

 カシミールの前で「ステファンはお前にまだ未練あるらしいぜ」とよけいなリークをしたりします。
 おれは言ってやりました。

「おれたちはさっぱりきれいに別れた。おれはアキラにのりかえる。まだ同意はえられないが、かならず」

 おれが戦線から抜けて、満足したようです。カシミールはちょっと変な顔をしていましたが。


2月20日 カシミール 〔未出〕

 ルイスの宣言を聞いて、ショックだ。
 彼はあの日本人のオプティオが好きらしい。

 彼の親切に下心がないことに感動してたけど、本当に下心がなかったんだ。本当にやさしい、いい人なんだ。

 なんだか、さびしいな。
 あの日本人はルイスが好きなんだろうか。

 それとなくニーノに話を振ってみると

「アキラが好きなのは仕事さ。あとマンガかな。ルイスとなんとかなったって話は聞かないな」
 
 やっぱりな。あいつらに感情があるわけない。日本人なんか好きになって、ルイス、バカだな。少しがっかりだ。


2月21日 カシミール 〔未出〕

 今日はルイスが別の用で借り出されたので、かわりにニーノがついた。
 口数の多いひとだ。調教中なのに、おれにアドバイスしてこまる。犬が笑ってるじゃないか。

「アクトーレスさん。あんたもおむつしてんですかい」

 おれはついムッとなった。この犬も東洋の犬だ。中国系。
 鞭を手にした時、おれは我を忘れた。こざかしい犬に一本鞭をしたたか叩き込んだ。

 気づくと、犬が失神し、ニーノがわめいて制止していた。
 主人は激怒していた。やっちまった。


2月22日 ルイス 〔ラインハルト〕

 イアンから連絡を受け、失敗したと思った。
 カシミールが犬に怪我をさせた。中国犬だ。

 おれのミスだ。ラインハルトからカシミールに人種差別の傾向があると聞いていたのに。

 オフィスに戻ると、カシミールがしおれていた。

「おれ、クビですか」

 雨に濡れた捨て犬みたいな目をしていた。

「クビはないさ。よくあることだ」

 よくあるなんて言うな、とキーレンが苦言した。

「こいつは仕事に私怨をもちこんだ。賠償金問題になるかもしれん。おまえの監督不行き届きだぞ」


2月23日 ルイス 〔ラインハルト〕

 客が帰った後、おれはカシミールをつれて、イアンのオフィスに出向きました。

「担当がえですか」

「いや、それはない」

 イアンは笑って

「こっちが替えるといってるのに、替えたがらなかった。あの客は文句を言いたいだけさ」

「賠償金は――」

「金の問題じゃない、そうだ」

 カシミールはいよいよ恐縮してしまいました。

「以後、気をつけます」

 賢い生徒に多くの言葉は必要ありません。そう思って、おれもイアンも責めなかったのですが、カシミールははじめての失敗にあわててしまったようです。


2月24日 カシミール 〔未出〕

 まいった。
 あの客がおかしなことをはじめた。ルイスにつらくあたるのだ。

「なんのために、そこに立っているのか。たいして教育もできてないようだが」

 イヤミを言ったり、怒鳴ったり。おれに文句があるなら、おれに言えばいいのに。
 ルイスは客に見えないよう片目をつぶって、笑ってくれるが、おれはつらい。
 殴ったらおしまいだとはわかっている。けど、血がのぼりそうになる。

 ルイスは笑う。

「気にしたらダメだよ。あれはきみをからかってるのさ。きみにまたドジを踏ませようとしてるんだ」


2月25日 カシミール 〔未出〕

 今朝、ミーティング中にあの客が怒鳴り込んできた。

 おれの散歩のさせ方が悪くて、犬が膝を痛めたというのだ。客は例によってルイスを罵った。ほかの仲間の前でやられて、ルイスもさすがに憮然としていた。

 イアンが客をなだめて、連れ出してくれたが、おれは怒りで震えかかっていた。

「バディを替えてください」

 おれはいたたまれず、言った。ルイスは苦笑して

「替えてもいいが、同じことだよ。きみが相手にしなきゃいい。そのうち彼も飽きるさ」

 だが、客はさらに調子にのった。



2月26日 カシミール 〔未出〕

 円形劇場で観劇している時だった。
 おれは犬の傍に座っていたが、客は隣に来て酒を注げと命じた。

 この時、ルイスはいなかった。行くと、やつは手をのばしてきた。そして、おれの金玉を握って揉みやがった。

 ワインボトルをその頭に叩きつけようかとおもった。
 
 だが、動けなかった。またわめかれて、ルイスが叱られると思うと、怒鳴ったりできなかった。
 黙ってその手首をつかみ、もぎ離した。

 するとやつが低い声で言った。

「わたしの部屋に来い。きみはかわいい。上に言って出世させてやる」


2月27日 カシミール 〔未出〕

 もちろん、あの客の部屋に行ったりはしない。
 枕営業で出世したいような職か。唾を吐かないでいるのがせいいっぱいだ。

 だが、今日のあの客はいつにもましてひどかった。
 乗馬鞭を振りながら、ルイスに小言を浴びせた。鞭は当てなかったものの、ひどい侮辱だ。

 ルイスがいじめられているのを見るのはつらい。こんな目に遭っても、このひとは笑ってウインクしてくれる。
 熱くなるなよ、とおれをおさえてくれている。

 枕営業はいやだが、一度寝たらこれがやむのか、とつい思ってしまう。


2月28日 カシミール 〔未出〕

 あの客から電話がきた。

『ひどいことをしてすまない。ぼくはきみに恋をしている。手に触れたくて、がむしゃらになってしまう』

 哀れんで食事につきあってくれ、と言う。まるで女を口説くよう! 

 おれはノーといって電話を切った。すると、今度は家令経由でかかってきた。

『食事だけでいい。今夜8時――』

 のどまで出掛かった罵声を飲み込み、電話を切った。
 三度目。

「いいかげんにしてください!」

『ルイス』

 と一言言って、電話は切れた。

 行くべきだろうか。行って一発ぶん殴るべきだろうか。


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